悩める親孝行娘二題
〜映画『ふたり』と『ユンカース・カム・ヒア』〜

● 二本の作品を比較する

　大林宣彦監督作品『ふたり』は私のお気に入りだ。私は大林監督の熱狂的なファンというわけではなく、実際のところ未見の作品も多いのだが、この一本だけは今でも別格だと信じている。初公開当時、劇場では５回観た。ファースト・ランの最終日、勤め帰りに銀座シャンゼリゼまで駆けつけて観た最終回は特に印象深い。今さらなことだが、DVDを観て『ふたり』の台詞がほとんど全て頭に入っていることに気付いた。
　大林作品の中では、商業デビュー作『転校生』、原田知世主演の『時をかける少女』が人気作として挙げられるが、個人的には断然『ふたり』だ。ある意味では『ユンカース』と同じく、天の時・地の利・人の和が合一した奇跡的な名作だと言っても構わないだろう。いや、本当なんだって。観れば判る。
　おそらく『ユンカース』と『ふたり』は偶然にも私が好きな映画のパターンを共有していて、私の胸の奥にある感動ボタンをヒットする共通の要素が含まれているだけなのだろう。たしかに重なる部分は多いが、各々それぞれの良さも持っている作品なので、一方が好きな人には他方を薦めておくのもムダではないと思う。
　『ふたり』は変則的な形態で公開された。1991年の劇場公開の前年にNHK総合TVが短縮ヴァージョンを放映したのがお披露目となったからだ。『ユンカース』に先行すること５年前の作品ということになる。2001年11月22日にDVDが発売されたのを機会に再見したが、意外にも『ユンカース』との共通点が多いことに気付いたので、簡単にまとめておきたい。なお、以下はネタバレを含むので、未見の方は注意して下さい。

　作品の組立てで共通している最大のポイントは「喋ってはいけない存在が登場し、主人公は彼らと対話しつつ成長していく」という点である。『ユンカース』では主人公の飼犬で、『ふたり』では主人公・北尾美加の姉（千津子）の幽霊という違いはあるが、いずれも主人公にとって身近な存在として描かれる（千津子は常に死んだ時と同じ格好で現れるので、ユンカースと同じく室内の場面でも必ず土足のままだ）。
　出来の良い姉と頻繁に対比される美加は、大人の都合の良いときだけ子ども扱いされる。『ユンカース』では物分かりの良い子どもを演じるひろみが「はーい」という返答を繰り返すのが印象的だが、美加を子ども扱いする大人の側の極め台詞は「もう寝なさい」というもので、作中に頻出する。子どもが寝たあとで、大人だけの世界が始まるというわけだ。
　両親、特に母親が主人公に負担を強いる存在となっているのも大きな共通項となっている。美加の母親（富司純子）は、作中でこのように述懐する。「つい我知れず、千津子を対等の大人のように扱っていた自分に気付いて、あたし、胸を衝かれる思いがしました。（中略）　あたしが千津子に頼りっぱなしでしたから、それがずいぶん重荷だったんじゃないかと」。
　また、主人公がヤケ食いする場面で、姉の幽霊と対話するうち「こんな子どもに夫婦のことまで理解しろったって無理だよ」「なんか、みんないなくなっちゃうような気がするよ」といった台詞が出る。そういえば、小樽に単身赴任している父親に美加が電話で「ほしいもの？　お父さんとお母さんぐらいかな」と言うし、千津子が死の間際「良かった。一度このことをね、あんたに話したかった。ずっと昔、こんなことあったような気がするね」と言ったり、美加に本心を打ち明けて「言いたいことがあったら言った方がいいのよ。あんた、ずっと我慢してたのね」と述懐する場面もあるのだ。
　作品のクライマックスが置かれた時季も共通している。『ユンカース』ではクリスマスであるのに対して『ふたり』は正月だが、いずれにしろ寒い季節であり、本来なら楽しかるべきイヴェントがある時期に主人公が悲嘆のドン底に落とされる。重要なのは、季節が進んで寒くなるのと歩調を合せるように主人公の両親の仲が悪くなっていくという構造だ。非日常的な印象を画面に持ち込むことを狙ったものか、共に雪のシーンが効果を挙げている。父親が北海道に行ってしまうあたりにも、なぜか相通じるものがある。ラストで和解に至るものの、家族三人が揃うカットは二作とも無い。もちろん意図的にはずしてあるに違いない。
　もちろん、クライマックスの後で「喋ってはいけない存在」が喋れなくなってしまうというセオリーは『ふたり』でもきちんと押さえられている。ラストで振り返ってみれば、結局「喋ってはいけない存在」が本当に喋っていたのか、それとも主人公が誰の助けも借りずに自分だけの力で苦難を乗り越えたのか、どちらとも言い切れないように落してあるのも同様だ。二作とも後日談は主人公のモノローグによって語られる。そして、最後の最後で「奇跡は形を変えて生き続けている」と明かされるところまでソックリだ。
　『ユンカース』で野沢ひろみを演じた押谷芽衣と『ふたり』の北尾美加を演じた石田ひかりは、共に劇場用作品の主演デビューを遂げた。他にも『ふたり』では柴山智加、中江有里などが映画デビューしている。今から十年前の作品だから、出演者たちはみな若かった。『ふたり』の後で彼らに降りかかった運命はさまざまである。作中でアルバムを見ていた美加の母親のように、私もDVDを観ながら「みんな、いい子たち……」と言ってみたりするのだ。
　題名の『ふたり』が美加と千津子を表しているのは当然だが、場面によって彼女たち以外にもたくさんの「ふたり」が登場する。注意して画面を見てほしい。

『ふたり』　1991年公開／149分／カラー／ビスタサイズ／モノラル＆ステレオ
監督・編集：大林宣彦／原作：赤川次郎／脚本：桂千穂／音楽：久石譲／撮影：長野重一
出演：石田ひかり／中嶋朋子／尾美としのり／岸部一徳／富司純子　ほか

● DVD版『ふたり』の特色

　ここから先はマニアのゾーンなので、興味がない人は読んでくれなくても構わない。
　雑誌「CDジャーナル」で持っている連載でDVD『ふたり』を取り上げるため、発売元のパイオニアLDCで企画を担当した方に取材した。そこで書ききれなかったことを付記しておく。なお、当該の記事は同誌2002年1月号（2001年12月20日発売）に掲載される。
　今回発売された『ふたり　特別プレミアム版』（パイオニアLDC　PIBD-1031　税込5,985円）は初回限定生産だ。この作品が好きな人は買っておいて損のない出来になっている。本当に、買っておかないと後悔すると思うよ。
　劇場公開後に発売されたLDに比べると、DVD版では本篇の色調が大幅に変っている。LDでは全体が赤みがかった感じだが、夜の場面などは逆に青が強調されており、映画全体が夢の中の出来事のようなファンタジックな色合いを帯びている。しかし、それは正しい発色でなかったようなのだ。DVDでは自然な色あいに戻されており、まるで普通の映画、それも典型的な日本映画の色となった。LDでは上映用プリントをそのままソフト用のマスターに流用していたが、今回のDVDはソフト制作用として新規にローコントラストのポジフィルムを焼いた。テレシネマシンはアーサ・ダイヤモンド。
　もともとLDやVHSでは黒レヴェルが高く設定されているせいで、全体に明るめの画面に仕上がる。それに対してDVD版はフィルムの質感を重視して自然な発色を目指したため、劇場のスクリーンで観た時の印象に近くなった。LDに比べると、全般的に暗い部分のツブレが軽減されたことが分る。LD・DVDとも撮影監督の長野重一氏はテレシネに立ち会っていないが、現像を請け負ったIMAGICAの担当者が責任を持って色を決めたという。ハイビジョンを使った合成カットは制作当時の技術的な限界から平板な仕上がりに甘んじていたが、DVD版では新たに調整して画面の奥行感を強調した。
　画面のアスペクトはおよそ1:1.77となって、これは劇場公開時に近い。LDに比べて上下の黒味が大きくなり、画面左右の画が増えた。この差は思いのほか大きく、画面のレイアウトを見ると人物の配置などで余裕が増したことが判る。
　本篇の音声だが、劇場公開版はモノラルだった。ステレオ版の音声はヴィデオグラム化にあたって制作されたもので、従来はLD・VHSともステレオ版の音声しか収録されておらず、モノラル音源でソフト化されるのは今回が初めてである。ステレオ版の音声はヴィデオ用のマスターから、モノラルの音源はフィルムのサウンドトラック（光学）から取られた。とにかく、監督の意向で「劇場初公開の姿がオリジナルである」と見なし、それに忠実な形でソフト化するよう心がけたということだ。DVDではモノラルとステレオのどちらでも選べるようになっている。
　NHKが全88分を前後篇に分けて放映したヴァージョンは、テンポの良さや全体的なまとまりの点で評判が高い。実は監督自身、DVDの映像特典としてNHK版を収録してほしいと希望していた。私も『ふたり』との衝撃的な出会いは88分版だったから、可能であれば手許に置きたいという気持ちがある。しかし、NHK版はあくまで放映のために編集されたもので、すでに契約が切れてしまっていること、加えて現実問題としてリリースに耐える品質のマスターが現存しないことから、DVDへの収録が見送られた。その代わり、NHK版に近い出来になっていると監督が認めた英語版（日本語音声／英語字幕付き。字幕は消せない）がDVD初回限定盤（特別プレミアム版）に収められることになった。
　未公開シーンが収められているのもDVD版の見どころの一つだ。これは脚本に書かれており、撮影されたものの最終的に編集段階で切られたシークェンスである。クライマックスで増田恵子が画面に登場するインパクトを弱めるとの判断でカットされたのだが、千津子の重要な台詞が含まれている点が興味深かった。アフレコがなされなかったため音声は付いていないが、台詞を字幕で処理したのはセンスの良さを感じる（まるで『夢見るように眠りたい』のようだ）。このパートの音楽は大林監督が演奏している。
　この他に、次のような内容が映像特典に収録された。まず、オリジナルの特報と予告篇。それから、DVD用に撮り下ろした石田ひかりと中嶋朋子のインタヴュー（各15分ほど）。主題歌「草の想い」とイメージソング「わたし、いないの」のミュージッククリップには、監督自ら手弁当で編集して画を付けた。これら２曲は公開時にCDシングルの形でパイオニアLDCから発売されたが、廃盤になって久しい。熱烈なファンから届いた一通のメールが元になって原盤を持っているアミューズと交渉を進めた末に実現したという。
　何より驚いたのは、大林監督と赤川次郎の対談が収録されていることだ。自作の映像化には極端に慎重で、公の場には滅多に顔を見せない原作者が『ふたり』について語るのを見られるとは驚きだった。聞いたところによれば、監督と赤川氏の個人的なリレーションシップが築かれていたので実現したということだ。
　２枚のDVDディスクは、それぞれ主演ふたりのポートレイトが印刷されたピクチャーディスク仕様となっている。２枚のディスクが半透明のアマレーケースに収められているのは『ユンカース』DVDと同じだ。しかし、ここだけの話だが、ディザインのセンスでは『ユンカース』が圧勝！と言わせてくれ、頼むから。
　来年２月には特別プレミアム版の内容を１枚物に編成しなおした『ふたり　デラックス版』が発売になる。英語版をはずし、フルカラーだった封入リーフの印刷がモノクロになる。また、ディスクの印刷面もピクチャーが廃されて１色刷りとなる。買うなら今だ。

● メイキングDVDが同時発売

　特別プレミアム版の本篇と同時発売で『千津子とその妹の物語−《ふたり》メイキング−』（パイオニアLDC　PIBD-1030　税込3,990円）もリリースされた。これはNHKが撮影現場で撮っていた12時間にも及ぶ未発表ヴィデオ素材を監督自身が編集して87分にまとめたもので、単独のメイキングDVDとしては珍しいケースだ。本篇とは逆に千津子の視点から作品世界を捉えた、もう一つの『ふたり』と言える貴重な記録である。
　この映画は劇場用作品にハイビジョン合成が導入された初期の一本に当るが、メイキングを見ればどこをどのように合成したのか分かるのが面白い。本篇唯一のアクションシーンで中嶋朋子のスタンド・インを演じた今井ゆかりの顔を初めてじっくり見ることができたのも、メイキングならではの楽しみだ。
　他の大林作品でもそうなのだが、出演者の背後で船や列車などの乗物が必ず動いているのには、かねてから感心していた。カラッポの海や線路を漫然と撮っているカットが見当らないぐらいだ。千津子が事故に遭う直前の場面でも、坂を下っていくふたりの背後で沖を通るフェリーが交差するように操船のタイミングを合わせてスタートしているのが分かって興味深い。
　ベーカムの撮影とはいえ画質は非常に優秀で、ハイビジョン撮影かと錯覚させるほどの冴えた画を見せる。なお、これは初回限定の商品ではなく、今後も継続して販売される予定だ。本篇のアマレーケースと一緒に格納できる外箱が付いている。
　最後に一つ。たしかに第一回主演作品ではあるが、現場入りする石田ひかりがベンツで送られて来るのを見て「さすがゲーノー界だなぁ」と痛感した。

● サントラCDも復刻

　DVDの発売と前後して、長らく廃盤だったサントラCDも再発された。『ふたり』（ワンダーシティ　WRCT-1003）と『はるか、ノスタルジィ』（ワンダーシティ　WRCT-1004）が出ている。公開時、これら二作はいずれもボックス仕様、脚本（準備稿）を封入という凝ったパッケージングでNECアベニューが発売していた。それに対して、今回は通常のCDと同じジュエルケース入りとなったが、その代わり価格は税込1,700円と低く押さえてある。
　NECアベニュー盤は劇中の音楽をほとんどそのまま収めた全30曲・74分51秒の大サービス盤だった。一方、ワンダーシティ盤は独立したアルバムとしての聴き応えを重視して再構成し、全19曲・55分20秒とした。場合によっては、画面に合せて伸ばした曲を本来の形に戻してある。あまり評判がよろしくないエンディングテーマ曲は、旧盤ではラストだったが新盤では１曲目に移された。私は必ず２曲目から聴くことに決めている。
　リマスター作業にはルビジウム・クロックを採用し、ディジタル信号に含まれるジッター成分などを減らしてＳ／Ｎ比の向上を狙った（…っつっても、分かってくれる人がどれだけいることか）。ただし、音質が激変した印象は無い。モロにサンプラー使いまくりの音色には時代を感じるが、個人的に言えば久石譲の作品で『天空の城ラピュタ』から『ふたり』にかけての時期は割と気に入っている。生楽器を使えなかった理由は、何といっても制作期間が短かったせいと、画面の進行に音をシンクロさせるためだったと聞いている。
　ということで、サントラCDも御贔屓に。

2001.12.9　　佐藤　良平

［了］