冒険と成功のキャラクターデザイン
　〜ゲーム『雪割の花』〜

　私は基本的にヴィデオゲームが好きではなく、今までやった経験が殆どないから、この作品がゲームとしてどうなのか批評するには適任でない。もっとも、ヴィデオゲームをやらない人間の立場から『雪割りの花』のシステムや脚本について言いたいことも山ほどあのだるが、それを書いたところで誰にも相手にしてもらえそうにないから止しておく。

　そんな私が、なぜ『雪割りの花』（以下『雪割』）を取り上げて文章を書くのか？　それは、この作品をゲームとしてではなくアニメーションとして観てみたら非常に興味深かったからだ。「佐藤さんは絶対にコレを観るべきです」と断言し、気乗りしないそぶりの私にハード・ソフト・接続ケーブルの３点セットをグリグリ押し付けて走り去った濱田氏に感謝する。彼の強力な推奨なしに私が『雪割』をやる機会を持てたとは考えにくい。

　『雪割』について簡単に説明しておく。これは1998年に発表されたプレイステーション用ソフトで、一連の「やるドラ」シリーズの中の一作だ。観客は要所要所で選択肢を選ぶことによってストーリーを進めていき、さまざまなオチにたどり着く。一種のインタラクティヴ・ムーヴィと言えるかも知れない。他の「やるドラ」作品と同じくアニメーション・パートの制作をプロダクションI.Gが担当しており、実質的にはI.Gが作ったアニメ作品だと見ても構わないだろう。監督は西久保瑞穂、キャラクターデザイン・美術設定・作画監督に荒川真嗣、美術監督が小林七郎という陣容。キャストには日高のり子、檜山修之、堀内賢雄などが出演している。

　『雪割』は「やるドラ」シリーズの中で最も売れなかったタイトルだという。売れなかった理由は幾つかあると思う。まず、他のタイトルに比べると絵柄が地味でキャラに萌えがない。ストーリーは観客が「隣の部屋に住んでいるOL（花織）が記憶喪失になり、彼女を救いたい気持ち故に彼女の恋人（←冒頭で事故死）の身代わりを演じる大学生」の立場に立たされるというものだ。ドンパチ一切なし、お色気サーヴィスも殆どなし、ラストのカタルシスなしの暗めな展開も足を引っ張ったのではないか。ということで、パッケージに刷られた解説文を読んでも、どこが面白いんだかサッパリ分らない。

　私が思うに、『雪割』で最も重要な見どころは、登場人物の心情を必要最低限の動き（枚数）で表現するアニメート技術だ。基本的に世界観がリアルであり、かつ顔のパーツが少いシンプルなキャラなので、ちょっと手を抜くとすぐ別人に化けてしまう（この点は宮崎作品のキャラクターを他人が描く場合の難しさに似ている）。おまけに、かなりアップにならなければ白目が見えてこないほど眼が小さいため、眼で感情を語らせる演出が使えない。この困難な課題に対して、作画陣は見事に応えている。ちょっとした動作、視線の配り方、微妙な表情の変化などによって、抑えてはいるが的確な芝居を付けているのだ。これは『ユンカース』や『人狼』、『アリーテ姫』などに通じる手法である。とりわけ花織がカフェで主人公から別離を言い渡されるシーンは、観ていてグッときてしまう。

　私が『雪割』の絵柄を高く評価するのは、これと似た絵柄が思い付かないという点だ。たしかに、アップになったときの目の処理はOVA『御先祖様万々歳！』等におけるうつのみやさとるの仕事を思わせる。しかし、バストショットまで引けば彼の絵柄とは違うことが明白になる。知名度ゼロのゲーム企画を、知名度ゼロのキャラクターディザインでやるという決断は、マーケティングの常識で考えれば危険きわまりない。その危険を承知でこのディザインを採用したのは、一にかかって『雪割』の企画がこの絵柄なしに成立し得ないからであるに他ならない。この絵柄は『雪割』のためにわざわざ考案されたのである。本来なら全てのゲームがそれら個々の目的に応じて独自の絵柄を持つべきであるはずなのだが、実例は多くない。すでに実績を積んだ売れ線キャラを利用して客を呼ぼうと必死になっているのが実状である。というより、他のオタク向け商品と同じくゲームもまたキャラクター先行で作られ、ゲーム自体がキャラクター商品の一つになり下がったという倒錯が透けて見えるのだ。

　また、濱田氏は影の付け方にも注目している。いわゆるセルアニメでは、立体感の表現として影の段階を増やし、二重三重に影を塗り分けることで画面の密度を上げようとするのが常道である。しかし、『雪割』では影の付け方が非常に大雑把だ。物や人の輪郭にとらわれることなく、バサッバサッと大きく明暗を分けるだけで、細部に拘泥しない。これはセルアニメの神経質な影を見慣れた目には新鮮に映る。よく考えてみれば、照り返しや複数の光源を無視するかのように、クッキリとした輪郭を以てキャラの顔面などに影が落ちるのはナンセンスである。真空中に浮かぶ月の表面に落ちる影でもない限り、あり得ない話なのだ。『雪割』における処理は、見た目にも不自然な感じを受けない。

　このように、アニメーション作品として観れば『雪割』はかなり大胆な実験作であり、しかもその試みがかなりの部分で成功を収めたと考えられる。小林七郎の手になる黄色を基調とした背景美術も、控えめながら素晴らしい効果を挙げている。アニメの何たるかを知る人であれば、『雪割』を観るのはスリリングな体験となるはずだ。加えて、ムーンライダースの白井良明が担当した音楽も作品の魅力を高めている。ここでは踏み込んで述べないが、ストーリーに漂う哀感を上手く表現した傑作だと思う。

　余談になるが、I.Gといえば押井守の存在が大きい。押井本人は制作に直接タッチしていないものの、『雪割』には押井作品に顕著な特徴が幾つも見られる。

　『雪割』の制作は『人狼』のそれと時期的にダブッているが、男と女が恋人の関係を持つ時、双方ともに本来の自分と異なる人格を仮装しているという点は『人狼』を思わせる。一見しただけでは時代設定が不明なレトロ調の世界観（携帯電話などのアイテムを除く）、路面電車が走る実在の街並み、モノトーンを基調とする美術なども『人狼』と共通する点だ。だいたい「物語の初っ端で不在になった人物をめぐって、その死後に残された人々が関わり合う物語」という構造自体がバリバリ押井テイストだし、登場人物が自分という存在に対して疑いを深めていくプロットも押井っぽい。ダイアローグは饒舌ではないが、押井ファンならニヤリとするような台詞が幾つも含まれている。少くとも『雪割』がAICやGONZOの主導で作られていたなら、こういう要素が入ってくる事態はあり得なかったはずだ。というわけで、作画マニアか押井ファンなら『雪割』は要チェックである。

　もっとも、こういったテイストを持つ作品が独立したアニメとして成立し得なかった状況は残念だと言えなくもない。それでも『雪割』はゲームの形で世に出ることができたのだから幸運な企画だったのだろう。今なら廉価版や中古で安く買える。アニメ作品としての『雪割』には、お金を払って味わうべき価値がある。少くとも、アヴェレージ以下のTVアニメのDVDを買って観るよりは、よほど充実した時間を過ごせると確信した。

2002.4.6 佐藤良平

『雪割の花』／制作：Sony Conputer Entertainment Inc
.,ProduccionI.G／脚本：関島真頼,藤咲淳一／絵コンテ：荒川真嗣,西久保瑞穂／キャラクターデザイン・作画監督：荒川真嗣／美術監督：小林七郎／音楽：白井良明